- 2011/11/18
- 文: 松元祐太
- 記事No: 00021
子どもを働かせる大人は誰か?~カンボジアの児童労働~
東南アジア最大の名所、カンボジアのアンコール・ワット遺跡。そこで私たち外国人観光客をまず出迎えてくれるのは、「ガイドはどうだ?」「飲み物いらないか?」と押し寄せてくる子どもたちです。中には勝手にガイドが始まり、最後にはしっかりと代金を請求してくる、なんてケースもあります。カンボジアに限らず、他の土地で似たような経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
押し売りをして働かされる子どもについて、あなたはどう考えますか?
「子どもに罪はない。許せない。これは根絶しなければ」と思う人もいるでしょう。教育に興味がある人などは、「政府はもっと開発を急ぐべきだ。子どもたちは学校に行かせなければならない」と考えるかもしれません。
【大人と子ども、どちらから買いますか?】
それでは何が児童労働を生み出しているのかを考えてみましょう。私は、それは外国人観光客、つまり私たちだと思います。先進国から来た人たちは、子どもが労働をしていると可哀そう、助けたい、と考えがちです。これを逆手にとって子どもたちが「あえて」働かされている、という現状があるのです。子どもを救いたいと思う気持ちが、むしろ子どもを陥れることもあるのです。
【児童労働を教育の一環に!】
ではこの皮肉な状況をどうしたらよいのでしょうか。子どもを救いたいと思う人は「児童労働を禁止にすれさえすればよい」というかもしれません。しかし、これは自分自身が実は加害者の一人なのだ、という認識が欠けているともいえるでしょう。
私はこの児童労働を、教育の一環として組み込むこともできるのではないかと考えています。これは、あくまで子どもみんなが学校へ行くという前提のもとです。もちろん児童労働がもつ危険性などは認識しておかなければならないのは言うに及びません。だからこそ、「教育の一環として組み込む」ということを言っているのです。
面白いことに、この種の児童労働は教育の要素を多分に含んでいます。まずは、この仕事経験を通じて言語を習得できます。現地に行くと、驚くほど子どもを含む多くの人が英語を話すことができ、中には日本語が話せる人もいます。例えば私が泊まっていたホテルの10代のボーイさんも、ホテルで働きながら学校で英語、日本語を学んでいるので両方話すことができると言っていました。
さらに、この労働は言語に加えて、就労訓練としても取り込めます。学校というフィルターを通すことによって、学習経験のすべてが将来の就労に直結する可能性も生まれます。
とはいえ、童労働を教育に組み込むというのも、ひとつの解決策の提案にすぎません。問題を解決するには、一人ひとりが多様な意見を出し合うことが一番の早道です。
イマジーンでは、カンボジアをはじめ様々な国の子どもたちをサポートするプロジェクトを紹介していますので、皆さんの考えの糸口にしてみてはいかがでしょう?
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