- 2011/12/24
- 文: 松元祐太
- 記事No: 00026
「なつ地図祭り」で懐かしい未来を実現しよう!【前編】
私たちが取り組んできた、数多くの震災関連のプロジェクト。震災が起こった直後の応援メッセージを届ける企画や、いくつもの被災地へのボランティア活動などを行ってきました。今回は、その中でも最も印象深かったものの一つ、「なつ地図祭り」をご紹介します。
「復興する」といっても、どこに向かえばいいの?
この問いに応えるためのイベントです。
【そこには何もなかった】
8月11日。盆を迎えた、真夏の暑い一日でした。
私たちが宮城県南三陸町を訪れたのは、震災から5カ月後のことでした。まだがれきの撤去も終わらず、日常とは程遠い様子でした。
こうした情景から私は何を感じたか。私は3つのことが思い浮かびました。
詳しくは東日本大震災訪問記・最終話に記しましたのでそちらをご覧ください。
なぜ私たちが南三陸に訪れたのか、それはとあるイベントの企画に携わることになったからです。
【なつ地図まつり】
――南三陸町でお祭りをやろう。復興のための。大きな白地図を作り、そこにみんなの思い出を書いてもらう。懐かしい未来のために。
この呼びかけに対し南三陸の人をはじめ、東京からも数々のプロボノ(*注1)が集まりました。7月31日に都内で打ち合わせをした時には、20名近くがこの呼びかけに応じてきたのです。急造メンバーでしたが各々の意識は高く、瞬く間にイベントの形が出来上がっていきました。
――会場は志津川高校という地元の高校で、教室や会議室を借りる手配をしている。
――ワークショップ型にして、どんどん地図に書き込めるようにしよう。
――地図の規模は10m×10mくらいある(建築設計の方から地図披露。全員で大きさに感嘆の声)。会議室に収まるか。
――なぜ地図作りをするのか、それは上からではなく、自分たちの記憶からの作り直そうということ。みんなの思いを集めるということである。
こうした議論が交わされ、その後も祭りで提供するアイスを提供していただいたり、会場レイアウトができあがったりと、着々と準備が進みました。
そうして気がつけば8月13日、なつ地図祭り当日を迎えていました。
(後編につづく)
(*注1)プロボノ:
各自の得意なスキルを用いて、社会貢献団体を支援する人たち。例えばマーケティング会社で働いている人がNPOのイベント集客を支援したり、記者がプレスリリースの書き方を支援したりすることが挙げられる。いずれも無償で、中にはSocial Venture Partnersのようにボランティアする側が資金提供する場合もある。
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